日記

「おしまい。」 「めでたし。めでたし。」

おしまい、めでたし、めでたし。

先日のブログにも書いた

「溢れるままに、生きていく」(当該記事は、こちらをクリック

を意識して歩みだしてから、

思いがけない変化が始まった。

きっと過去の流れと、今との違いを修復し始めてるんだと思う。

良いと捉えられる変化。

悪いと捉えられる変化。

両方ある。

『溢れるままに生きている』と、

そのどちらにも「愛」を感じていい。

だから、以前のように「陰陽」で区別することをやめた。

「良い」「悪い」は存在しない。

「陰」も「陽」も存在しているようで、実はもうない。

ラインを引き続けているのは、古い価値観。

 

それでも、人間だから。

少しは迷いが出る。

悪いと捉えられる変化を「どうしようかな」と考えていた時、

たまたま、

近くにいた3歳くらいの女の子が、

絵本かなにかを観てて、

『おしまい!』

と笑いながら言った。

その言葉が妙に心に響いた。

そっか、『おしまい!』なんだよね。

と納得して声にした瞬間。

近くにいた小学生くらいの男の子が、

『めでたし。めでたし。』

とニコニコして言ってた。

これも自分へ伝えた言葉ではない。

タブレットで何かアニメを観ながら、

急に『めでたし。めでたし。』とニコニコしながら言ってる。

でも、この言葉が妙にしっくりきた。

そうだよね。

『めでたし。めでたし。』

で終わろうか。

めでたしって、「愛で足し」ともいうし、「芽出たし」というじゃない。

『おしまい!』

で終わって、

『めでたし、めでたし。』

と愛を足しておく。

そしたら、次のステップへの「芽が出る」。

いや、もうすでに「芽、出たし!」かも(笑)

この言葉を「おしまい」の後に付け加えるだけで、

勝手に「ハッピーエンド」になっちゃう。

これだから、日本語って面白い。

 
 

自分の視点や言葉で、

過去も未来も、今も大きく変えられる。

人生は、自作自演。とは、まさにこの事。

たまたま近くにいた子ども達の、

何気ない言葉が、

視点を変えてくれた。

 

溢れていると、何か面白いことが始まった。

もっと溢れていこう。

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    杉田 廣貴
    杉田 廣貴
    書家, 美術家

    1983年宮崎県生。鹿児島大学工学部卒。在学中に書と出会い、「和」の探究へ。福岡を拠点に国内外で活躍。ヒルトン、ヴァンクリーフ&アーペル、米国美術館、江ノ島神社や観世音寺などへ作品を収蔵。デザイン書やギフトなども制作しており、カルティエなどの企業・店舗、映画やイベントに採用。2019年は東武百貨店で個展の他、G20で書道パフォーマンスを披露、G20YEAではトーチパスも担当した。

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