日記

自分らしく、尖っているか?

今まさに、自分に問うてる言葉。

「自分らしく、尖っているか?」

いろんなジャンルの方々と出会う。

出合うのは、

いろんな人間をみたいから。

いろんな視点を知っておきたいから。

それは、これからも変わらない。

一つの常識に囚われたくないからという観点がある。

また、人の生き方やストーリーを聞くことが好きだからってのもある。

ただ、ここ最近、尖る大切さも感じてきてる。

尖るの土台が「大きい」ほど、「小」の尖り方はすごいことに

尖るための土台は、

基礎、技術、人脈、繋がり、出会い、経験、お金、歴史など、

きっといろいろな意味があるのだろう。

そうした「土台」を広く深く、蓄えていってから、

自分の「先端」を小さく細くしていくと、

その尖り方は輝きやオーラというものになるんじゃなかろうか。

尖るとは、「研がる」という意味にもなるように。

磨げば、研ぐほどに、輝きは増す。

ただ、その土台は厚くて太くて広くて大きいほどに良いのかもしれない。

だから「尖」という漢字という視点も持てる。

そろそろ「尖る」事を意識する

ここ最近、出会う方々の個性の具合がすごい。

再会もあって、個性のすごい方々と再びお会いする機会も増えてる。

そんな毎日を過ごしていて、

「自分らしく、俺は尖れてる?」

って自分に問いかけるようになった。

まだね、自分の頭にある、心にある作品たちを生み出しきれてない。

自分のイメージにある自分を体現できてない部分もある。

今までは、尖る必要性を感じてなかったんだけど、

ここのとこ、尖る必要性を感じるようになってきてる。

別に、何者かになろうとしてるわけじゃない。

すでにある「自分の尖り」を表に出してこーぜと、

感じている話。

「人」である以上、

「囚われない」ように。

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    杉田 廣貴
    杉田 廣貴
    書家, 美術家

    1983年宮崎県生。鹿児島大学工学部卒。在学中に書と出会い、「和」の探究へ。福岡を拠点に国内外で活躍。ヒルトン、ヴァンクリーフ&アーペル、米国美術館、江ノ島神社や観世音寺などへ作品を収蔵。デザイン書やギフトなども制作しており、カルティエなどの企業・店舗、映画やイベントに採用。2019年は東武百貨店で個展の他、G20で書道パフォーマンスを披露、G20YEAではトーチパスも担当した。

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